笑うセールスマン・喪黒福造に学ぶ営業の心得9つ
「この世は老いも若きも男も女も、心のさみしい人ばかり、そんな皆さんの心のスキマをお埋め致します。いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたらそれが何よりの報酬でございます。」
「さて、今日のお客様は…」
毎度上記のイントロダクションから始まる1話完結型のアニメストーリー「笑ゥせぇるすまん」は、現代に生きる大人世代の人たちならば、誰もが一度は見たことがあるのではないだろうか?
そして誰もが、同作の主人公である喪黒福造(もぐろふくぞう)の不気味な破顔と指差しの呪文「ドーン!」のトラウマになったのではないだろうか。
私も例外ではなく、幼少期に見たそれは「恐怖のもの」として長年脳裏に焼き付いていた。ところが先日久しぶりにこの作品を見はじめたが最後、何話も何話もビンジ(一気見)してしまったのだ。
ココロのスキマはいつの時代も
この作品を見て驚くのは、いつの時代も、人は同じようなことで悩んでいるということだ。
30年前の作品なので、ストーリー内の時代背景こそ少々違えど、「心に魔物を抱えた人々というのは、今も30年前もまったく変わらない」ということを、ひしひしと感じさせられる。そりゃそうだ、お釈迦様がマインド・マイスターとして人々に教えを説いたのが2500年前なら、いやその前から、いつの時代も人々は同じように悩み、ココロに隙間をかかえて生きてきたのだ。
さて、そんなココロの隙間を埋めてくれるのが喪黒福造という営業マンである。彼と出会う人々は、ココロの隙間が埋まり、(色々な意味で)救われていく。そんな様を見ているのは実に愉快痛快だ。
私は昔、喪黒と同じ営業職を経験したことがある。その上で改めてこの作品を見ると、喪黒の秀でた営業実績には尊敬の念すら覚える。
Netflix上にある彼の実績は51エピソード分(旧版)。これらの営業実績を支えるのは、紛れもなく彼の営業努力であると、今は断言できる。
そこで、彼の営業の姿勢から学べること9つを、私なりに考察してみたので、営業やコミュニケーションに関わるすべての人の参考になれば幸いだ。
心得01. 身なりを整えている。
これは営業マンとして当たり前じゃん、と言われてしまうかもしれないが、あえて書かせていただきたい。
喪黒福造は、頭には黒のハット、丈のあった黒のスーツを着用している。全身漆黒で身を包んでいるが、時折見えるチョッキの差し色や、質の良さそうなバッグなどが相まって、なんだかお洒落なのである。ステッキが似合いそうといえばわかりやすいだろうか。
帽子をとっても髪が整えられており、おまけに常に口角の上がった(いささか不気味な)ハリウッド・スマイルを絶やさない。
イギリスの由緒ある城の執事も務まりそうなほどの清潔感と高貴さを、彼は漂わせている。
心得02. 自分の仕事をひとことで表す。
毎回のエピソードで必ず目にする彼の名刺はいたってシンプルだ。表面に書いてある内容は下記のみである。
「ココロのスキマ❤︎お埋めします 喪黒福造(もぐろふくぞう)」
仕事というのは、肩書きや役職があったとしても、やることはひとつではない。私もイラストレーター やアーティストと名乗っているが、絵を描くことだけが仕事ではない。今これを読んでくださっているあなたと同じように、あれもやるし、これもやるし、である。
だが、ひとことで「この人は何をする人なのだ」と言い表せるのは人の印象に残りやすい。「喪黒福造はココロのスキマを埋めてくれる人なんだ」という分かりやすい設定が、お客様との関係構築において、効果的に働いている。
心得03. お客様の下調べと課題の仮説立てを徹底している。
喪黒福造がお客様のことを下調べしている様子こそ、作品の中では描かれないのだが、相当じっくりと対象者を理解しようと努めたのだろうということが伺える。
たとえば、日々あくせく働く会社員のおじさん相手に、喪黒はこんなふうに彼の観察眼を披露する。
「あなただいぶココロにスキマがおありのようですね。あなたは会社では上役から締め上げられ、部下からは突き上げられる中間管理職の悲哀を味わっています。家では大学受験の息子さんと家計のやりくりで苛立つ奥さんに心の休まる暇もありません。......と、まあこんなところでしょう。」
そして「あなたそう考えていたんでしょう?」「こんなことで悩んでいたのでしょう?」と、ひとたび彼が問えば、クライアントたちは「え...どうしてそれが分かったんですか?」と決まって驚いて見せるのである。
じっくりとクライアントのことを調べ、見聞きし、「このお客様はこんな問題を抱えているのだろう」と仮説立てをする。それらの精度は高く、そのやりとりは見ていて小気味が良い。
心得04. 他の誰でもない「あなた」である。
とにかく、喪黒福造が接するのは他の誰でもない「あなた」なのである。
喪黒は、「もしもし、●●さん」「約束ですよ?、●●さん」「●●さん、あの本、気に入っていただけました?」と必ずお客様の名前をたくさん呼ぶ。
こういった何気ない会話から、お客様は、自身の名前を呼ばれることによって、無意識に「私という存在」を認められていると感じるのではないだろうか。
それに加えて、喪黒は「実はわたし、あなたのような方のお手伝いをしているのです」「●●さんのために用意しました」と、「私だけ」のために動いているといった姿勢を見せる。
この”ONLY FOR YOU”の話がどれだけ気持ちのよいことであるかは、営業される側になるとわかる。
私自身、よく「SNSのフォロワー増やしませんか?」「コンペに参加しませんか?」などといった営業メールを受け取るのだが、送信者はまず私の名前を呼んでくれない。
まれに、Nashyとだけ名前は書いてくれるものの、その他は全文・THEコピペ文であるということはよくある話だ。まあ、送り主もまずは"数打ちゃ当たる"的な精神で送っていることは承知しつつも、「Nashyさんのここがこうだから」と本当に私のことを考えてくださったメールならばありがたいのになあ、なんて思ったりするのだ。
つまり、他でもない「あなた」とのやりとりにするためには、上記心得03で記した下調べや仮説立てがあってこそ成立するものではないだろうか。
心得05. 引くときは引く。
もちろん、いきなり上記のようなアプローチを図れば、不審がり、逃げ出すお客様も多い。
そうなれば、喪黒は一旦潔く引き下がるのだ。引くときは、引くことができるのが、喪黒福造である。
しかし、名刺は欠かさずに渡し、お客様の胸に突き刺さる言葉を投げかけ、次に繋がるきっかけはちゃっかり残しているところは一流である。
心得06. リマインドする。
上記のように、喪黒は引くときは引き、お客様を追いかけ回すことはない、……ものの、喪黒福造はしばしば「また現れる」。
営業がしつこいと、お客様としてはその営業マンを遠ざけてしまいたくなるものだ。
しかし、「商品やサービスに関心はあるんだけど、わざわざこちらから連絡するまではないかな」といった温度感のお客様も多いのではないだろうか?きっかけがないまま、気がつけば後回しになってしまうというパターンだ。
そんな時に、タイミングよく「また現れる」のが喪黒福造だ。
そして、お客様は「あ、そういえば私そのサービス欲しかったんだ」とリマインドさせられるのだ。
それは、Amazonで買い物をしていて、後日買おうと思って商品をカートにいれっぱなしにしていたら、忘れた頃に「カートに商品入ってますよ!」とリマインドされるのと一緒だろうか。
心得07. 足で稼ぐ。
喪黒福造は神出鬼没だ。とにかくどこにでも、足を運ぶ。
駅のプラットフォーム、病院、遊園地、動物園、競馬場、高級レストラン、カジノ、花屋、バーのトイレ、ケヤキの木の中から現れたり...と、何故そんなところに居るの…と笑ってしまうくらい、兎にも角にもどこにでも現れる。
営業中はお客様とともに、バー、サウナ、銭湯、どこにでも向かう。
営業後もお客様の自宅まで足を運び、そして(しばしば不幸な)行末を見届ける。
コネクションも強く、様々な場所や人を知っている。
シンプルに、どこの営業マンよりも、足を動かして行動をしているのだろう。
心得08. 信頼する営業パートナーを持つ。
喪黒福造には行きつけの常宿ならぬ、常バーがある。
それがバー「魔の巣」である。そして、このバーには無言をつらぬくマスターがおり、マスターはいつも黙って皿やグラスを拭いている。(魔の巣のマスターのことだけで、ひとつエッセイが書けそうな気がするが、それは次回にして)
喪黒はお客様とじっくりお話をするとき、必ずこのバーで落ち合う。
営業している姿を人に見られたいという人は少ないと思うのだが、このマスターの前であったら、安心して込み入った話ができる、ということだろうか。
営業活動を行うにあたって、こうした信頼できる人や場所があるというのは、営業マンにとっては、とても心強いのではないだろうか。
一番大事な心得とは...
以上、私の目から見る喪黒福造に学ぶ営業の心得8つを紹介した。
01. 身なりを整えている。
02. 自分の仕事をひとことで表す。
03. お客様の下調べと課題の仮説立てを徹底している。
04. 他の誰でもない『あなた』である。
05. 引くときは引く。
06. リマインドする。
07. 足で稼ぐ。
08. 信頼する営業パートナーを持つ。
しかし、これらの心得よりももっと根っこに大事なことがある。喪黒がエピソードの最初に毎回話してくれていることだ。
「この世は老いも若きも男も女も、心のさみしい人ばかり、そんな皆さんの心のスキマをお埋め致します。いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたらそれが何よりの報酬でございます。」
どーん!
これである。
営業の心得として一番大事なことは、常にクライアント・ファーストで、「お客様の満足を追求する」ということではないだろうか。
お客様が満足されたら、それは何よりの報酬であり、営業マン冥利に尽きるということ。
たとえお客様が、己の欲に溺れ、結果として破滅することになってしまったとしても、だ。
.... オーホッホッホッホッホ。
P.S. こんなにすごいセールスマンを産んだ作者もまた、スーパーセールスマンだということか。
藤子不二雄(A)さんに敬意をこめて。