ニセコ に住む人々 #05 Yさん - オトナの秘密基地で産声をあげた、1人のイラストレーター
"この記事は「ニセコ に住む人々」シリーズの第5回目です。
これまでの記事はこちらからどうぞ↓
#01 プロ・スノーボーダー Eさん - 幸せの在り方は人それぞれ
#02 不動産会社 Tさん - 陳腐な同情なんていらなかった
#03 "おとなりさん" - りんごケーキ2切れを6人で食べる
#04 整骨院院長 Dさん - 何歳になっても、挑戦し続ける
Yさんとは、「ニセコ に住む人々」#03回で紹介した"おとなりさん"から連れて行ってもらったバーで出会った。
Bar Gyu +
ニセコ のバーといえばBar Gyu +というくらい、圧倒的な存在感を放つバーに連れて行ってもらった。知らなければ見逃してしまいそうな、冷蔵庫のような小さい扉が目印だ。冷蔵庫を開けば、その小さな扉からは想像もできないくらい広く、お洒落でかっこいい空間が広がっている。程よい薄暗さと、バーカウンターの奥には大きい窓があり、夜の雪景色が見える。オーセンティックなのに、堅苦しくないカジュアルさもあって、音楽のチョイスもよく、居心地が良い。すっかりこのバーを気に入ってしまい、私は勝手に「オトナの秘密基地」と呼ぶことにした。
ビールと食事をオーダーし、しばらくすると"おとなりさん"繋がりの友人やその知り合いなど、合わせて12人ほどが集った。その中で、とても印象的だったのがYさんという女性だ。
Yさん
Yさんはオーストラリア人のだんな様と来ていて、目が合うとすぐに話しかけてくれた。彼女は溌剌としており、明るく声が大きい。話のテンポも軽妙であり、声高らかにケタケタと笑う方だ。そんな迫力感もありながらも、なんでも朗らかに包み込んでしまいそうな、「皆のビッグマザー」的な優しさも持ち合わせていた。
なんでも、夫婦ですでに隠居されているらしく、ここニセコ で毎日リタイアライフを楽しまれているようだ。旦那様は毎日のようにバックカントリーに行かれるようで、Yさんも「コソ練(こそこそ練習すること)」と名じてスノーボードの練習をしにゲレンデ に足を運んでいるとのことだった。
前回のエッセイ(ニセコ に住む人々 #04 整骨院院長 Dさん)にて、「何歳になっても私はスノーボードや、いろいろなことを諦めなくて良い」と気がついた旨を書いたのだが、それは整骨院院長Dさんとの出会いに限らず、"おとなりさん"やYさんのように、実際に女性であり、いくつになってもそれを体現している生き証人たちに出会えたからということも大きい。
Yさんの一言で、目が覚めた
私は来年度の2021年4月から、通信制の芸術大学の3年次に編入学する。専攻はイラストレーションコースだ。(現在も同大学の別コースの3年生であはるが、詳細は割愛しよう。)
それをYさんに話すと「大学を出たら、なにかやりたい仕事でもあるの?」と聞かれた。
私は自信がないので、申し訳なさそうに、「イラストレーター になれたらいいなって思ってるんです......。」と失笑を混ぜて打ち明けた。
するとYさんは、こう言った。「それってさーあ!イラストレーターに"なりたい"じゃなくてさ、"自分はイラストレーターです"と名乗って、売り込むものなんじゃないの?」とさらりと言われ、大きく心臓が波打った。
「いやあ、本当におっしゃるとおりです...すぐに活動開始したいと思います。」とYさんに返事したものの、内心では完全に面食らってしまっていた。
オトナの秘密基地で産声をあげた、イラストレーター
「まだイラストレーションのコース始まってもいないんだが......」とは一瞬思いもしたが、それは「自分はまだ活躍しなくても良いのだ」といった、自らの守備範囲にとどまる言い訳にすぎないことは、痛いくらいに自覚していた。
それからは旅の話などで盛り上がり、それはたいへんに愉快な夜だったのだが、帰宅してからもずっとYさんの言葉を考えていた。
確かに、イラストを描いていれば「イラストレーター 」ということに嘘はないはずだ。書きものをしていれば「ライター」だし、ピアノを弾いていれば「ピアニスト」、ダンスをしていれば「ダンサー」だ。考えてみれば、それを名乗るのに、資格がいるわけでもないのに、名乗るのには一流のプロでないといけないのでは...とまごついてしまう。
それに、大学を出たからと言って、イラストレーターになれるとは限らない。個人でやっていきたいというのなら、いや会社員になりたくても、活動実績がなければ見向きもしてもらえない。言わば、私がやっていこうとしていることは、作家活動なのだ。今まで、覚悟が足りてなかったかもしれない、と思った。
すぐにでも、活動を開始したい。
そう思い始めてまもなく、いや、ようやくなのか、Nashy(なっしー)が誕生したのであった。
そしていま彼女は、「イラストレーター」 と名乗っている。
P.S. オトナの秘密基地でYさんに出会っていなければ、Nashyは誕生していなかったかもしれないし、「イラストレーター 」とは名乗っていなかったかもしれない。新しい世界に片足を踏み入れてしまった感覚に怖さと嬉しさを覚えている...!両足が地につくまで、かなり時間を要しそうですが、応援いただけると嬉しいです。
⚫︎Bar Gyu+
後日談(2024/11/13)
このYさんとの出会いの夜を描いた絵《A Whole New World》は、昨年ニセコ在住のお客様からのリクエストでキャンバスプリントになり、Bar Gyu+のオーナーに贈られました。ご縁とは不思議なものですね。
また、この記事を書いた3年8ヶ月後である今、私は胸を張って「作家」の看板を背負えています。
もちろん道半ばでまだまだ未熟ではありますが、どれだけこのお仕事のプロになっても、決していばらず、謙虚にありたいです。それは私を支えてくれる方々と、昔の自分に対して真っ直ぐでありたいからです。
ちょっとゆるんできたら、必ずこの夜の記憶に戻ってきたいと思います。
感謝をこめて
Nashyより